坪内政美×コトコト「 駅からはじまる、ちいさなものがたり― 新見の鉄道、ゆっくり入門 ―」
(更新)
井倉駅は、伯備線上り列車が新見市に入って、最初に停まる駅。
そう聞くと、自然と「始まりの駅」という言葉が浮かびます。
だけど、坪内さんのお話を聞くと、井倉駅の“はじまり”は、それだけじゃないようです…。
それでは、井倉駅の物語へ。出発進行~♪

井倉駅外観(坪内政美さん提供)
「井倉駅に来て、井倉駅運営委員会の三吉さんに
駅スタンプがあるかどうか聞いたのが、最初なんですよ」
ー坪内政美さんの言葉
現在、新見市鐡道観光アドバイザーを務める坪内さん。
その活動のきっかけは、まさにこの井倉駅、しかもたまたま声をかけたことから始まっていました。
2022年3月、井倉駅では自動改札が導入され、切符の窓口販売が終了しました。
駅スタンプも廃止され、それまで訪れていた鉄道ファンの姿も、少しずつ減っていきます。
「人が来なくなったら困るなぁ…」
そんな時、偶然のように現れたのが坪内さんだったそう。
坪内さんと井倉駅運営委員会代表の三吉孝美さん。この出会いがはじまり!
この出会いをきっかけに、坪内さん監修の駅スタンプやオリジナルグッズの販売が始まります。
すると思いがけない光景が生まれました。
「鉄道ファンが来てくれることは想定内なんですけどね。井倉駅では、近所の人たちが当たり前のようにグッズを買っていくんです。」
ー坪内政美さんの言葉
駅で何か楽しそうなことがおきているーーそんな空気に引き寄せられるように、人と人が少しずつ集まってきました。今では、地元の人はもちろん、鉄道好きな人たちも訪れる駅。みんなが撮影した写真などが並び、人の気配を感じる駅になりました。
駅舎内には、写真がずらり!(坪内政美さん提供)
井倉駅は、昭和57年に建て直された、無骨なコンクリート造りの国鉄型の駅舎。飾り気のない素朴な駅です。
でも、その中で生まれる出会いは、とてもあたたかい。
人は見かけによらない…といいますが「駅舎も、見かけによらない」。
今日もここで、誰かが何かを始めています。
井倉駅は、人と人が出会い、その輪が広がっていく、はじまりの駅。
坪内さん監修、井倉駅の駅スタンプ。381系やくもと井倉洞がデザインされています。(坪内政美さん提供)
井倉駅のホームが一段高いところにあるのは、新見の産業とその先の石蟹駅までのバイパス線が関係してます。今でも付け替えられた伯備線の鉄橋など旧線の名残が残っています。
井倉の産業…それは石灰業。ふみきりがあると、石灰を運ぶトラックに支障がでるため、なるべく踏切を作らないために高い位置にホームが作られ、そのまま石蟹駅へのバイパス線につなげたそう。
ホームへの階段を降りると、正面に鍵がかかった門があります。隙間から覗いた向こうには石灰工場が。隣の石灰工場と井倉駅がつながっていました。ここから石灰を運んだり人の往来があったのでしょうか。
「出口」の看板は、国鉄時代のなごり。「国鉄書体」で書かれた文字とプレートが、歴史を感じさせます。
JR井倉駅の歴史を表す日付「1985年3月」は、1番ホームの階段、上部にあり。駅舎の背後にあるホーム・高架が完成した日付です。
「“建物財産標”を、ぜひ探してみて」―坪内さんの言葉で初めて知ったこの言葉。所有・竣工年月など、建物の歴史が分かります。井倉駅でも発見!昭和61年は駅舎部分の供用が始まった年です。
坪内さん手作りの「井倉驛新聞」。もともと少部数の発行、今では増版増版…!列車の時間が分からないという地元の皆さんの声も反映して、時刻表も載っています。(坪内政美さん提供)
駅構内には、陳列棚もあり、かつては井倉地区の物産品が展示されていましたが、今はD51 838号機の模型や貴重な切符や記念証など鉄道資料の展示コーナーに。(坪内政美さん提供)
井倉駅運営委員会代表の三吉孝美さん。好きな列車は紫色の「スーパーやくも」。2024年6月14日の381系特急やくもの定期運行終了日は、手作りのありがとう看板でお見送りしました。

井倉駅を建て替えたときの記念切符!今の駅舎が、完成予想図のイラストになっています。(坪内政美さん提供)
井倉駅に来たら立ち寄りたい!昭和天皇がご乗車したお召列車をけん引したD51 838号機「お召し列車」は、井倉駅近くの井倉洞入口に展示。(坪内政美さん提供)
カルスト山荘展望台からの「井倉駅」と「ブロンズやくも」。眺望も楽しめる、鉄道ファンの隠れた名所。(坪内政美さん提供)
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