新見の秘境を突き進む!!~絶景集落での出会い~
新見の秘境を突き進む~東編~
新見って何があるの?と、聞かれたらあなたは何と答えますか?
新見市の特徴と言えばやはり「カルスト地形」を挙げる人は多いだろう。
そもそもカルスト地形とは?
石灰岩などの水に溶けやすい岩石が、雨水や地下水によって溶食されてできる特殊な地形。
では、石灰岩とは?
主に炭酸カルシウムを含む岩石で、生物遺体や化学沈殿で形成される。
(出典:Perplexity)
つまり、新見は太古の昔、海の中だったということだ。
市内の各所で貝殻なども出土しているという。
この地形的特色は、様々な産業も現代の新見にもたらしてくれている。
今回の秘境探検では、そのカルスト地形の産物の最たるものに突入してみた。
そう、鍾乳洞である。
新見市には大小合わせて100か所以上あると言われている。

観光地として整備されている井倉洞や満奇洞には多くの方が行かれたことはあるだろう。
小さいものだと、その辺の裏山にあったりする。
なので、自分の所有している山に洞窟があるというのも新見ではあり得る話だ。
山持ちならぬ、鍾乳洞持ちだ。

今回幸運にもその「鍾乳洞持ち」の方に案内してもらうことができた。
鍾乳洞までの道中も私有地なので、具体的な場所は伏せることにする。
探検の前にもう一度カルストのおさらい。
新見市と高梁市に掛かる東西約18km、南北約12kmのカルストを「阿哲台」と呼ぶ。
日本でも有数の規模だ。

ここ阿哲台の特徴として、ドリーネやウバーレなどが点在していることが挙げられる。
ドリーネ?ウバーレ?
さすがに初めて聞くワードだ。
カルストの上に住む新見の人は当たり前に知っているのだろうか?

では、ドリーネとは?
石灰岩が溶食されて形成された窪地。
複数のドリーネが連結してできた大規模な窪地をウバーレという。
新見にはこのドリーネやウバーレの中に人が住んでいる。

ドリーネ内部の土壌は農耕に適していたり、水はけがいいカルストの中でも水が溜まりやすく資源確保もできるといった理由から集落が形成されたのだろうか。

そして、冒険のスタートはドリーネ集落からだった。
現在は通る人もいないため、鍾乳洞までの道も草木で完全に閉ざされていた。
知らなければそこに道があることも、その更に先があるともわからないような場所だ。

草刈り機でかき分けながらしばらく進んだ。
機械がなければとんでもない時間が掛かるほど生い茂っている。

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と、柵が出現しその先に急に景色が開けた。

あまり日が当たらないからだろうか、ここから先はあまり背の高い草木が生えていない。
道らしきものあり、昔は通れるように整備されていたことがうかがい知れる。

この辺りに柚子の木があり時折採りに来られているそうだが、この先に行くのは所有者さんご自身、数十年振りだという。
鍾乳洞はまだ少し先らしい。
もうすでに大冒険感なので、とてもドキドキしてきた。
一人だったら怖くてこの辺りでとっくに引き返していると思う。
そのくらい森が深く静かで、隔絶されている空気感がある。

歩いている小道沿いに小川の跡のようなものが通っている。
水がなくなって久しいだろうと予測できるほど原型はない。

聞くとやはり昔は水が流れる小川だったという。
この森にどんな変化があったのだろう。

段々と道のりが険しくなってきた。
倒木や石、岩もゴロゴロして人が全く入っていないことが如実にでてきた。

「そうそう!こうだった!本当に懐かしい!」
私が足元を心配する中、所有者さんはどんどん歩みを進める。
危なそうだったら途中で辞めましょう、という最初の話は全く気にしていないかのよう。
懐かしさで気持ちがはやる。
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しばらく道なき道を進んだ先に、ついにそれは現れた。
秘境を通り越して、異世界に来たような感覚。

写真では伝えきれないのが残念だが、実際にそこに立つと怖いほどの迫力。

私も驚嘆して言葉を失っていたが、所有者さんもとても驚いていた。
自分が知っている鍾乳洞の姿とはまるで違っていたからだ。
鍾乳洞までの入り口付近には土砂が流れ込んだ跡があり、多くの部分を塞いでいる。
穴の直径も昔はもっと大きかったという。
木や苔の状態から見ると、大水はかなり前に起こったようだ。

小川の水がなくなったのはその時以来なのだろうか。
これほど色々なものなぎ倒し運んできているとは、大きな水害だったのだろう。

今となっては正確にはわからないが、思い当たる水害があるという。
初めて来た私でも、倒木や岩で雑然としている状況を見るといかに大きな変貌があったのかがわかる。
すっかり変わってしまった今の姿に、悲しみが込み上げてきているようだった。

子供の頃はここが遊び場だったというから当然だろう。
きっとたくさんの思い出が詰まっているに違いない。
あの柱は何という名前を付けていた、ここで何とかごっこをして友達と遊んだとすごく楽しそうに話してくださった。

在りし日のお話をたくさん聞かせていただけた。
昔はご家族の方が洞窟内観光もされていたそうだ。
階段や電気を通していたような痕跡もある。
井倉洞や満奇洞などのように観光地にする構想もあったのだろうか。

入り口の大きさも特徴的だが、なんとこの鍾乳洞は貫通しており反対側に歩いて抜けられるそうだ。長さは数百メートルほどあるらしい。
こことは反対側から入り、鍾乳洞を抜けた後は穴の上の山に登って展望台から景色を楽しむというルートを案内していたという。
出口付近からけもの道を通していたというが、今は影も形もない。
それでも、カルスト地形の醍醐味を存分に感じられる圧巻のツアーであったことが想像できる。

今回は洞窟の入り口のみで奥に入ることは断念したので、今も反対側まで通り抜けられるかは定かではない。
そして更に驚きのエピソードも。
昔は、集落の人が反対側に抜けるための生活道としてこの貫通型鍾乳洞を使っていたという。

奥は更に狭くなっているというし、とんでもない通勤路だ。
洞窟を抜けた後も相当な長い距離をバス停まで歩いていたようだ。
車生活に慣れている私には信じられない道のりで、何度も聞き返して確かめてしまった。
全国でもこんな生活道は他にはないだろう。これもまたカルスト台地の新見ならではだ。

今までも様々な秘境集落でエピソードを聞かせてもらったが、みんな健脚である理由がわかる。
ここまで鍛えた上での現在の健康があるのかと思うと、私の将来は相当に危うい。
今の秘境集落の人も、きっと私と同じ状況の人が多いのではないだろうか。
玄関目の前の車に乗り、会社の隣の駐車場に止め、スーパーに車で寄りそのまま帰る。宅配もある。
便利な社会になったことで、特に秘境の生活は様変わりしたことだろう。

現代に車でも行ってもかなり険しい道のりなのに、なぜ、どうやって祖先はこの地にたどり着いたのだろう。
各地の集落を訪れるたびに驚きでいっぱいになる。

探検スタート時は鍾乳洞がどこにあるかわからなかったので気づかなかったが、戻った後に改めて眺めるとドリーネが谷状に穴に吸い込まれるように下っていく形状がよくわかる。

その途中に集落が形成されているのだ。
窪地の上にも谷底にも家があり、道の高低差もかなりある。
集落の中の水路の水が鍾乳洞に向かって勢いよく流れていく。
ドリーネの優れた土壌、水はけはよいが上から流れ込む水資源は確保しやすいなどの利点も見えてくる。

さて、残念ながら今回の冒険はここまで。
危険なことはお願いできないので、日が暮れる前に引き返すことに。
勝手知ったる洞窟で奥に進みたいお気持ちだっただと思うが、説得するようにお断りさせていただいた。
私が手練れで安全をもっと確保してあげられればよかったのだが、力不足が無念でならない。
しかし、私の申し入れがなければこの先一生訪れなかったかもしれない思い出の場所に行けたことを喜んでくださった。

私も嬉しかった。
誰かの役に立つことは、生きていることの意味の一つだと思う。
今回、私は微塵も役に立っていないが、私の存在が誰かの日常に変化を与えることができたと思った。
いつも“もらって”ばかりだが、私が何か少しでも“あげる”ことができていたらそれはこの上ない喜びだ。
帰る際に柚子までたくさんいただいてしまったのだが。
秘境育ち過ぎて、農薬どころか車の排ガスにも汚れていない貴重な柚子だ。
唐突なお願いにも関わらず、快く引き受けてくださった所有者さんに改めて感謝申し上げる。

連載の最終回は最大の探検になった。
この企画は新見の東西南北に行く4回シリーズにするつもりが、最後は異世界方向へ突入してしまった。
我ながらよい締めくくり。

今回でこの連載は終わりになります。
この企画は、各集落でとても温かく迎えてくださる人々に私が感動したことに始まります。
ここに書いた以外の集落でも、本当に素敵な方々と出会うことができました。
全ての思い出が私の大切な宝物になりました。

最後になりますが、新見のみなさんがこの連載を通して地元の知らないことや、魅力について改めて想ってくれていたら光栄です。
ここまで読んでいただきまして本当にありがとうございました。
みなさんもぜひ自分の周りの秘境に大冒険しに出かけてみてくださいね!

三浦 美子 Miura Yoshiko
新見市地域おこし協力隊として、2023年に移住。
観光業の経験から、新見の魅力を発信する企画やイベントで活動中。
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